Grave Marker~墓標~

左の2枚の写真,皆さんは何だと思いますか?左のものはコンクリートの円柱形で,「990」という番号がうたれています。右のものも,形は箱型だったり杭型だったりしますが,同じように「62」などと番号が表記してあります。実はこれは全て「墓標」な のです。今日,お伺いしたACT(アクト)という障害者当事者団体の事務所に置かれていたものです。いったい誰の墓標なのか?
ミネソタ州は今でこそ障害者の「施設」は解体され,全米でもカリフォルニアとともに障害者福祉の進んでいる州といわれますが,その動きが始まったのは,ほんの50年前のことです。それまでは,障害者は多くの場合が子どものころからState Hospital(ステイト・ホスピタル:州立病院=病院の一部が「施設」として存在していたと考えていいと思います)に入所して生活していました。今日,アクトで見せてもらったミネソタ州の障害者の歴史のVTRには,その「施設」の様子が生々しく記録されていました。入所者3,000人で100人が1部屋でベッドを並べて眠る様子,何もない本当に何もない机もベッドもマットさえ敷いてない部屋で,重度の障害者が床にただ横になっている様子,そして「自分の番号は334だったよ」と語る,過去に施設入所していた方のインタビューなどがありました。入所者は「名前」すらなく「番号」で呼ばれ,つまりこれらの「墓標」はこの施設で過ごして亡くなっていった方たちのお墓なのです。スタッフのJim(ジム)さんから” Grave Marker(グレイブマーカー:墓標)”と聞かされ,言葉を失いました。事前の資料で「名前ではなく番号で呼ばれていた」事実は知ってはいましたが,番号で扱われるということは墓標さえも番号になってしまう…。目の前のリアリティはあまりに強烈でした。
現実に僕の目の前にある墓標と墓地からくる圧倒的なリアリティに,僕は心を動かされました。酷いことだと思いました。でも,知的障害者施設で勤める僕の前には,80人の老若男女の程度もまちまちの知的障害者が,選択の機会も少なく,平均10年以上の入所期間をもち,生活している現実があります。僕は,その現実には何も感じないのか…いや,何も感じないわけではありません。ただ,あまりの壁の大きさに為すすべなく立ち尽くしていただけ…なのだろうか…。 今,ミネソタ州には施設は解体されてなくなっているそうです。地域で生きがいをもち,社会の中で生きていくことを支援する様々なサービスや活動が行われ,障害者福祉に関してカリフォルニアとともに全米でも充実した州となっています。
ジムさんは,”RWD-Remembering With Dignity(尊厳とともに記憶にとどめておこう)”というプロジェクトの一員です。彼らは,写真のように,番号だけの墓標の隣に,その墓を管理する元施設から名簿をもらい,番号から名前を探し出して,その人の名前を刻んだ墓標を設置していく活動 をしています。 番号は「負の遺産」として留めておくそうです。そこで,ジムさんに一番近い現地へ案内してもらいました。
”Anoka State Hospital Cemetery(アノカ-地域の名前-州立病院墓地)”という看板と簡単なフェンスで囲われたここに1~400までの番号が入った墓標が埋められていました。「ここは,今では近 くに高校や公共施設もある多くの人が行き交うところだけど,ここにこんな場所があるなんて誰も知らないよ。」とジムさん。そして,このような墓地が州に3,000箇所あると言いま
す。つまり,ミネソタ州だけで12万人の人がこうして眠っているのです。家族は引き取りにこないのかと尋ねると基本的に来ないとのこと。つまり, アメリカのこの時代に「施設」に入るということは,ある意味で,家族ではなくなるということ。家族もいつかそのこと(自分たちの家族の一員が障害者で「施設」に入っ
ていること)を封じ込めていく―。だから,「施設」が解体されたとき,多くの入所者は迎えてくれるはずの家族をもたず,ソーシャルワーカーたちの努力にもか かわらず,その関係を修復することは困難を極めたそうです。また,今のペースで全ての作業が終わるのに何年かかるかと聞くと,「州政府の予算の具合にもよるけど,今のペースなら20年かな…。」
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これはDKのお墓。区画ごとに区切って仰々しくない墓石です。きれいやんね。で,お墓は教会との契約になっていて,30年?で契約切れたら右のように撤去されるんやって。墓石なくなっとるやろ。確かに,30年?拝めれば充分かなあ。




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